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『 心のビタブロ~孤独を怖がらず、真の自由を手に入れよう!』(2022.01.19更新)

三重県四日市市で開業しております「足立耳鼻咽喉科」スタッフがおくる、ちょっと疲れた心に栄養を与える「心のビタミンブログ」です。人生を前向きに生きる技術、夢を叶える秘訣、楽しく明るく生きる知恵などについて情報発信して参ります。

本来ならもっと生活が楽になり、ゆったり人生を楽しめるはずなのに、なぜかそうではない自分の人生。ストレスフルな現代を生きる上で、私のブログが少しでもお役に立つことが出来れば幸いです。

「心のビタミンブログ 第49回」を始めます。

こんにちは、ライターのシンです。最近は欧米の家族主義の影響か、”家族”という言葉を使う機会が増えたような気がします。家族は最も基本的な単位で、これを大事にするのは素晴らしいことだと思います。しかし何でもかんでも家族単位を強要したり、そうでない人を寂しい人みたいな目で見るのはどうかと考えます。今回は孤独という概念について、お話して参ります。

本日のテーマは、

「孤独は自由の代償!恐れずに満喫しましょう! 」

最近、ようやく”おひとり様”も社会的に認容されてきました。外食でも一人席が設けられたり、書店でも一人で自由に生きようという内容の本がたくさん出版されています。ひと昔前ですと、一人は何か罪人のような捉え方をされており、形見が狭い想いをされた方も多かったのではないでしょうか? そういう意味では良い時代になりつつあるような気もしますが、まだ一人=孤独というマイナスイメージを感じる場合が多いのも事実です。世間もそうですし、私たち個人の考えもそうなのだという証です。

一般的に、日本人は他の国と比較して「個人の意識の確立」が未熟な国だと言われています。元々が農耕民族で、村社会。世界でも有数の同調意識の高い国民だからか、個人の意識や自由に関してもどこか違う気がします。だから会社やコミュニティに属していないと不安でもたまらない感覚をなかなか捨てきれません。たしかに冒頭に申し上げたように、誰かとつながっていたいという気持ちは皆があると思います。

「老後がもし一人だといろいろ問題が多い。孤独死なんてイヤだしね!」

確かに一理ありますが、でも長い人生の中ですからたまには一人になる時もあるでしょうし、元々一人が好きだという方もみえます。でも世間の見た目が悪いからとか、誰かと一緒でないと行動出来ないという方がもっと問題では? この一人=孤独、寂しい人たちという考え方はやはり問題だと思います。

この問題の根底には、日本人全体の中に「孤独なのはみじめだ、ひとりは寂しい」という思い込みがあるためだと言われています。大昔からの村社会の延長で、皆から仲間外れにされる→孤独(村八分的な、かなりネガティブイメージの孤独)→そうならないように必死に群れたがるという悪しき構図があるのではないでしょうか?

でも大事なことは周囲の目なんかより、本人の気持ちだと思います。仕事や日常生活は様々な制約があり窮屈な想いを大部分の方が経験している。ある意味仕方ない部分もありますが、せめてそうでないプライベートな時は自由に好きなようにしたいですよね。

自律していない人ほど周囲を気にする

「ひとりでいることは寂しいからいやだ」と無理やり誰かと一緒にいようとする。どこかのグループや集団に所属しようとする。週末の予定が真っ白だと不安になる。自分を曲げて、あるいは自分の本心を抑え込んでまで周りに合わせることは、自分の人生を他人に浸食されているとも言いかえれます。

それに、周囲の目を過剰に気にして生きることは他人の価値観で生きているということであり、自律していないということを意味します。「インスタ映え」というのも、周囲からどう見られるかを気にしている人が多いということかも知れません。

つまり自分の行動を、自分の価値観や規律にもとづいて制御できていない状態です。これを自由と呼べるのかということですね。もちろん、人とつきあうことには良い影響を受けたり、多少は集団の影響を受けるものですが、頭の中まで浸食されてしまっては、いつまで経っても自分に自信が持てず、生きている実感を得にくくなります。

しかし世の中の大部分は、「孤独なのは寂しい」「ぼっちはみじめだ」という価値観ではないでしょうか。たとえば、ランチメイト症候群や便所飯という言葉が話題になるほど、多くの人はひとりで食事するのを恐れます。いえ、実際には一人で食事をしているところを見られることを恐れているのです。

それはなぜかというと、自分の中に「孤独なのはみじめだ、ひとりは寂しい」という思い込みがあるため、「自分は友達のいない寂しい人間なんだと思われているんじゃないか」という妄想に襲われるからです。孤独死というのも、生きている周りの人間が勝手に「かわいそう」「みじめ」などと言っているだけ。本人は満足して死んだのかもしれないのに、本人の心情を知ることができない外野があれこれ講釈するのはナンセンスなはずですが、逆にそれくらい孤独を恐怖と感じている人が多いということなのでしょう。

「ひとりでは生きていけない」というのは事実なのでしょうか?

赤ちゃんや子どもはひとりでは生きられませんが、大人でしたら仕事もして、ある程度お金もあるでしょう。生活のレベルで贅沢を言わなければ、心配するほど不安ではないように思います。人間の不安の中で一番怖いのは「何となく不安」ということだと言われています。不安の正体がわかってしまえば、ある程度対処したり心の準備も出来るでしょう。この「何となく不安」という想いが消えないから群れたがるというのも一理あると思います。

人生を上手く生きている人の思考

誰もが自由に思うままに生きたいのに、周囲に過度に合わせたり、自分を曲げようとするから疲れるし、生きている気がしないのではないでしょうか。ここがポイントだと思うのですが、両方いいとこ取りは、どうも出来ないような気がします。自由を得ようと思えば孤独に、孤独を避けようとすれば不自由になる。私はそう思っています。

自分らしく生きようとすれば、自分の考え方を尊重することになります。自分の考えを通そうとすると、自分の個性に合わない人たちは離れていくかも知れません。一方、価値観が合う人、自分の存在を認めてくれる人たちは残るでしょう。その人たちとは自然体で接することができますから、必要のない気づかいで疲弊したり、悩んだりすることから解放されます。その結果、自分を飾らず偽らずにつきあえる人間関係のみが残るから、人付き合いと自由を両立させることができるのです。

つまり「最悪ひとりでも大丈夫」と思える強さは、過剰に人間関係に気を使って疲弊したり思い詰めたりしなくて済むよう、人間関係を取捨選択できる勇気になるのです。このように、自分の価値判断基準を信頼し自分らしく生きることは、満足いく人生をおくる良い選択になると考えます。


それでは、また来週お会いしましょう。


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□ 編集後記

常日頃考えていたことをお話しました。反論もあると思いますが、それはそれで良いと思います。本文では少し極端な話にもなりましたが、他人と協調しながら、自分の自由を追求していく道もきっとあります。自分でトライ&エラーしながら、良い落としどころを見つけていけばいいと思いますよ。

書店で大きなスペースを取っている「繊細さんシリーズ」。たくさん場所を取るということは、売れているのでしょうし、ニーズがあるのでしょう。優しい人達が悩んでいるのを考えると辛いので、少し方向を変えて「最悪一人でも大丈夫!」だと思える時が来ると良いですね。

 

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